靴を履くと右だけきついとか
なぜかけがするのは決まって左足とか
足の左右で何かが違う…と感じたことはありませんか?
姿勢の問題とか歩き方の癖とか
そういう見方だけでなく
トウリーディング的に見てみると
その左右差が楽に生きるヒントをくれることがあります
正確に言うと左右では無く
「利き手側」が「利き手では無い側」ですが
文が長くなってしまうので
ここでは利き手側=右足、利き手ではない側=左足とします
前回の<3>では右の第5趾をとりあげました
「豊かさの指」とお話ししたのですが
利き手が右では無い場合は意味が変わってきます
利き手側の足指は「対“外側”」を表すのですが
利き手ではない側の足指は「対“内側”」を表します
いわゆる豊かさは社会の中で得られるものなので右に表れるわけです
左の第5趾はもっと自分の内側、内面がテーマになります
お金のような社会の中で価値を持つものではなく
「わたしはわたしの価値を認めているか?」という
自己価値や自己肯定感がテーマになるわけです
<2>で取り上げた左の第4趾は「自分との絆」がテーマでした
利き手ではない左なので「自分との」なわけです
これが右足の第4趾になると「他者との絆」「人間関係」がテーマになります
セッションの時に左右の印象を教えていただくことがあります
パッと両足を見下ろしたらどんな風に見えますか?
「右は元気だけど左は疲れている」
もしかすると、外側の世界にばかり目が向き
自分自身に栄養をあげていないのかも?
「左はのびのびしている感じ。右は少し窮屈そう」
社会の中で本当に自分が発揮できていないと感じているのかも?
わたしは思春期に左足が病気になり
それを右足で庇っていたせいか
成人してからは右に不調が集中するようになりました
思い返してみると
病気になった頃は思春期らしい内面の葛藤が多く
それで結局「優等生」を選んで世渡りするようになりました
本来の自分と違っていても
そのほうが社会の中で楽だったからです
結局はそうして自分で作った枠にはまったことで
うつ病になってしまったのです
今は、毎日足もみセルフケアをするときに
左右が同じように伸び伸びしているか
自分に語りかけています
皆さんの左右の足はどんな表情を見せていますか?
もし、けががどちらかに集中する…ということがあったら
そちら側への「注意喚起」と思って
ちょっと自分を振り返ってみてくださいね