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セルフケア

わたしがセルフケアをお勧めする理由

国際若石健康研究会の考える「健康法」は「毎日足をもむことで元気になる」ことです。

実際にわたし自身、毎日自分の足を揉むことで心身ともに健康になれました。ウオノメ、角質、ひび割れに悩まされた紫色の足はきれいなピンク色の足になりました。便秘と下痢を繰り返す体質も改善。梅雨の季節に悩まされていた偏頭痛も今は忘却の彼方です。人に会うのが嫌でリビングのソファで1日丸まっていたわたしが心からの笑顔で人に会えるようになりました。以前の職場では“とても声をかけられないピリピリオーラ”をまとっていたのが、近頃は初対面の方がすぐに打ち解けてくださるようにも。

「そんなに変わるまでどのぐらい若石リフレクソロジーのサロンに通ったの?」
「いいえ、サロンには通ってないんですよ」

そうなんです。わたしがしたことは若石リフレクソロジーを学んで自分の足で実践しただけで、誰かに揉んでもらったのは手技練習の授業ばかりです。正確にいうと体験施術を2回受けたことはあります。

サロンを開いているわたしが言うのも変なのですが、サロンに通わなくても自分でセルフケアがきちんとできれば体も心も変われるんです。

ただ、上で言う“セルフケアがきちんとできる”は64カ所の反射区は勿論、様々な理論も理解して…という国際若石メソッドスクールのプロ講座レベルということです。そこまではなかなか…だと思います。

ですから、最も現実的な実践方法としてはまずは「簡単でも良いので毎日自分の足もみをした上で定期的にサロンで施術と足もみのアドバイスを受ける」ことです。毎日のあしもみがあってこその若石リフレクソロジーです。

施術コースの際にもご自宅でできる簡単な足もみ方法をご紹介しますが、もっと知りたい、自分の足だけではなく家族の足ももんであげたい…という方のためにリライアンスでは施術するだけでは無く、各種講座も開きます。

白湯を飲みましょう

当サロンではリフレクソロジーの施術を受けていただいたあとは、かならず白湯をお出ししています。
ハーブティーもいいのでは?とアドバイスをくださる方もいらっしゃいます。
わたしもハーブティーは大好きです。
でも、敢えて施術の後に白湯をお出ししているのは白湯の良さを知っていただきたいからです。

<わたしの感じた白湯の良さ>
白湯を飲むようになって、じわじわと変化を感じるようになりました。
まず、お通じがよりスムーズになり、それにつれて肌の調子が良くなりました。
無理なく水分を摂る量が増え、代謝も上がってきた実感があります。
味覚が敏感になり、食べ物のおいしさがUPしました。

<白湯の作り方>
実はこれが大事です。以前は知識が無く、電気ポットで沸かしたお湯に水を足して飲んでいました。
このときには白湯の良さがわかりませんでした。
あるとき、アーユルヴェーダ(インドの伝統医学)の白湯の作り方を知り、その作り方で作った白湯に変えてびっくり。
“50度ぐらいのお湯”という点では同じなのに、味も効果も違うのです。

1.換気扇をつける(風の力をとりこむため)
2.やかんに水を入れる(水の力も人間に不可欠)
3.やかんを火にかける(火の力をとりこみます)
4.沸騰したらやかんのふたを開け、火を弱めて15分程度沸騰させ続る(風の力を十分にとりこみます)
5.火を止め、自然に冷ます

足もみの後だけでは無く、わたしは一度にたくさん沸かして保温ポットに入れて一日中飲んでいます。目安は1日800mlだそうです。
飲み方はごくごく…ではなく、すするように飲むのがいいとか。

足もみ+白湯、是非実践してみてください。

超簡単セルフケア 2015.12更新!

サロンで初めて若石リフレクソロジーを受けられる方にお伝えしている超簡単セルフケアをご紹介します。

まずはこの簡単ケアから始めてみませんか?

足に溜まった老廃物を心臓に戻すのが目的なので、基本的に流す方向は足から心臓に向かう方向、つまり下から上です。
ケアする順番もつま先から始まって膝上で終わります。

1つの動作は3回から5回でOK!がんばりすぎないようにしましょう。​

1.足指握手
ギュッと握って足指の根元にしっかり刺激!
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2.足指屈伸
足指を曲げたり伸ばしたり…

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3.足首グルグル
内くるぶしは親指で外くるぶしは小指で押さえて、足首を大きく回しましょう。反対方向にもグルグル!
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 4.足のミゾそうじ!
手の指を「熊手」のようにして、足の骨の間を流すようにお掃除。

甲側と裏側から両手で足の骨の間を溝を掘るようにサッサッと軽く流します。
※爪を立てないように気をつけましょう。
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 5.かかとくるくる
冷えやすい踵は手のひらで包むようにしてクルクルさすります。

クリームを塗れば角質ケアにも!
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 6.膝上まで!表編
足の骨を手で上からつかむような感じでセット。
親指と小指はくるぶしの後ろのくぼみに収まる感じです。(一番上の写真)そのまま骨の際を意識しながら、いっきにやさしく膝上まで流します。
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 7.膝上まで!裏編
 裏からアキレス腱を手全体でつまむようにセット。(一番上の写真)

そのままいっきに腿の裏側まで流します。

膝裏はたまりやすいポイントなので指の腹でえぐるような感じで流すのがおすすめです。
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 終了!
右の写真が左足だけこの超簡単ケアで揉み終わったときのものです。血色は勿論、指の隙間や足首の太さや甲のむくみ具合など違いがおわかりでしょうか?
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おすすめBOOKS

呼吸の本

「呼吸の本」谷川俊太郎/加藤俊朗 サンガ

ブログにもたびたび書いている「かとうメソッド」の本です
これ以外にも何冊か加藤先生の本はありますが、「かとうメソッド」とはなんぞや?を知るのに一番のおすすめはこれです
呼吸をしない人はいません
生きている限り誰でも呼吸をしています
それほど当たり前のことなのに、実はとてもなおざりにされていることも多いのが呼吸です
わたしも浅い息をして苦しくなっていた頃がありました
息が浅いということさえ気がついていなかったのです
そんな時にこの本と出会って「吐く」ことを意識するようになり
気持ちよく息を吐いていたら色々な幸せがやってきました
シンプルだけど深い…けどシンプル
付録のCDを聴きながら息を吐いてみるときっと見えてくると思います

誰でも速く走れる骨ストレッチ/骨ストレッチダイエット

「誰でも速く走れる骨ストレッチ」松村卓 講談社

「骨ストレッチダイエット 1日5分で痩せるクビれる背が伸びる!」松村卓 講談社

こちらもブログにもたびたび書いている「骨ストレッチ」の本です
陸上選手だった松村卓先生が自らの経験から
これまでスポーツ界で“常識”とされてきたトレーニングに疑問を抱き
本来の體<からだ>の動きを取り戻すべく生み出したメソッドです
そのコツはまさしく骨にあるのです

わたしは何度も松村先生のレッスンを受けていますが
受けるたびに目から鱗が落ちて
體から鎧がはがれます

わたしの経験で言うとたった90分のレッスンを受けただけで五十肩で固まっていた肩が楽に動くようになりました
こどもの頃から運動大嫌いのわたしがレッスン後はどこまでも走りたい気分になります
いわゆるスポーツのレッスンを受けると終わった後は疲労感があると思うのですが
骨ストレッチはレッスン後の方が元気になります

體で感じるものなので文字で読んでもピンと来ない方もいらっしゃると思います
松村先生は全国を走り回って講習会を開いていらっしゃるので是非一度体感されることをおすすめします!

松村先生の骨ストレッチのサイトはこちらです
わたしも体験談を書かせていただいています♬

東日本大震災からの復興のために

福幸つむぎぞうり

一時、製品改良のために注文受付をお休みしていた「福幸つむぎぞうり」
昨年末に改良版の見本とともに販売再開のお知らせが届きました!

以前よりもツボ刺激部分が丈夫になり、フローリングでも滑りにくいようにかかと部分が改良されています。

リライアンスのサロンや1コインチャリティーリフレクソロジーの会場で実物を手にとってご覧いただけます。
手作りのぬくもりの伝わってくる「福幸つむぎぞうり」
足の健康=からだの健康にもおすすめです! 2014.1月

2012年4月に赤羽会館で足もみボランティア後方支援プロジェクト主宰の「震災体験に学ぶ」というイベントがありました。
<関連ブログ 4月23日 1月27日

そこで紹介された「福幸つむぎぞうり」をこちらでも紹介させていただきたいと思います。

震災の被害の大きかった宮城県石巻市。
その地でボランティアに尽力されている若石リフレクソロジーの大先輩石橋ます子先生が中心となって進めているのが布草履づくりです。

私も昨年、縁あって「布草履」というものに出会いスリッパ代わりに愛用しています。
指が自由になり、歩くときには指でしっかり鼻緒をとらえるため、快適で尚且つ足の健康にはとてもいいのです。
汚れたら洗うことも出来ます♪

その布草履を石巻の仮設住宅で暮らす被災者の方々が自立の手立てとして手作りされているのが「福幸(ふっこう=復興)つむぎぞうり」です。

仮設住宅の集会所でみんなで集まって作業することで
仮設住宅内で知り合いが出来れば部屋に籠もりきりにならずに済みます。
集まればおしゃべりもでき笑顔も生まれます。
作ったものが販売されることでやり甲斐も生まれます。
売り上げで自分の好きなものを買うことも出来ます。
そしてぞうりを履く人の足を健康にすることも出来ます。
福幸つむぎぞうりには土踏まずを刺激する特製のぽっちが裏についています♪

先日、リライアンスで注文した分が今日届きました。
サロンやチャリティーリフレクソロジーの会場で展示即売したいと思っています。
是非実物をご覧ください。
勿論、石橋先生のところへ直接注文してくださっても構いません。
石橋先生のサロン「若石リフレクソロジー スマイルハート」内「福幸つむぎぞうり」のページ

このページが何かのきっかけになって一人でも多くの方のもとに
この素敵な草履が届きますように…!

わたしのうつ病と若石リフレクソロジー

はじめに…

講座の自己紹介の時に「うつ病だったときに若石リフレクソロジーと出会って、病気を克服することができました」というお話をさせていただくことがよくあります。

短く言ってしまうとその一言ですが、その間にもいろいろなことがありました。
また、「若石リフレクソロジーでうつ病が治せる」ということが言いたいかというとそういうことではありません。

それでもなぜ講座の時にこのことに触れるのか…

それをこちらにまとめて書かせていただこうと思いました。
かなりの長文になりますが、お時間のあるときにでも是非おつきあいください。

この文章は2011年日本若石 全国大会「マスターズの集い」記念誌に寄稿した原稿をweb公開にあわせて加筆修正したものです。反射区名などわかりにくい点もあるかと思いますが、その点ご容赦ください。

1.「うつ病」と診断されるまで

病名は病院へ赴き医師の診断を受けた後につけられるものです。
わたしの心身の不調にうつ病という病名をつけられたのは2009年ですが、その不調は2005年頃から始まっていました。名前がつけられなかったのは自身が一つ一つの症状それぞれに応じて内科、耳鼻科…という風に医師にかかっていたからです。知識も乏しく自分の状態がうつかもしれないとう考えはまったくありませんでした。

<性格的な背景>

子どもの頃からどちらかというと内向的な性格で人付き合いは苦手でした。小学校低学年までは登校前になると吐き気や頭痛を覚えるということがたびたびありました。
中学以降は少しずつ積極的な行動がとれるようになりました。学業の成績も比較的上位で教師からも「問題の無い優等生」という評価をされ、進学も挑戦はせずに手堅い高校・大学を選んだおかげで大きな苦労や挫折も味わうことがありませんでした。
今思い返すとこの頃から「あなたは大丈夫だから」という外からの評価が自分を縛り始めていたように思います。出来て当たり前という呪縛です。「できない」ということを自分でも認められなくなっていたと思います。言い方を変えると教師からは「責任感が強い」「根気がある」ということばでよく表現されていました。それは社会に出てからも変わりませんでした。

<不調のはじまりから深刻化>

時期 自覚症状
2004~2005年※昇進 月曜の倦怠感、気鬱、朝起きられない、偏頭痛、頭重、めまい、肩こり、胃腸の不調(便秘と下痢の繰り返し)
2006~2007年※転居 偏頭痛、肩こり、胃腸の不調 (頻度は減る)
2008年※自宅建て替え、職場の移転、人事異動 月曜朝の倦怠感、気鬱、疲れが抜けない,慢性疲労、偏頭痛、頭重、肩こり、便秘と下痢の繰り返し、めまい、睡眠不良
2009年※組織変更 月曜朝の倦怠感、気鬱、疲れが抜けない,慢性疲労、偏頭痛、頭重、肩こり、便秘と下痢の繰り返し、めまい、睡眠不良→不眠、食欲の低下(通常の量の半分以下)、対人恐怖、集中力の低下/作業効率ダウン、読解力の低下、計算能力の低下、音に関する不快感

月曜の倦怠感(いわゆるブルーマンデー)は職場の人事異動で昇進した2004年頃から始まりました。
たまたま生理不順で訪れた統合医療のクリニックで、初診の際に東洋医学での見立ても希望したところ、生理不順だけではなくほかにも感じていた不調の理由を気血水の証で納得のいく説明を受けました。
その際に「まじめで完璧主義で、人の顔色を気にするでしょう?いい加減でも良いんですよ。人がどう思ったって関係ないですよ!言いたいこともどんどん言っちゃいなさい。そうやって溜め込まないで吐き出しなさい。あなたがそういうことが出来るように、楽に生きられるように応援するから。大丈夫ですよ」という内容のことを言われました。このときには医師から「うつ」という言葉は一切出てきませんでした。
クリニックで処方された漢方を飲み、定期的に診察を受け、医師に話を聞いてもらっている間に症状は軽くなっていき、自分自身も職場での立場にも慣れて落ち着いていきました。ここにずっとお世話になっていればその後も大過なく済んだのかもしれません。

2006年の転居後も、調子が悪いと感じたときには仕事帰りに診察を受けられていたのが、職場も移転することになり、結局このクリニックには通えなくなってしまいました。

2008年の職場の移転と合併でストレス要因が増えたにも関わらず、プライベートでも自宅の建て替えなどもあり、ゆっくり息抜きをして過ごす時間がそれまで以上に持てない状態が続きました。

職場ではひたすら調整役として組織を円滑に運営していくことが目の前の課題でした。私には荷の重い仕事で自然と朝は憂鬱になります。「これが仕事なんだから仕方が無い、個人的な仕事(講師でしたので授業を持っていました)の方はやり甲斐があるんだからそちらで喜びを得れば良い」と考えていました。不思議なことに後者の仕事をしているときには体調の不調はキレイに消えていました。

なんとか落ち着いてきた矢先職場でまた環境が変わる出来事があり、体調は悪化の一途をたどりました。

目立ってきたのは読解力と計算能力の低下です。特に数字については買い物の支払いのときに842円と言われても、どの硬貨を何枚ずつ出せば良いのかがわからず、とにかく紙幣を出すといったことがよくありました。
この時点でも頭痛はカイロプラクティック、胃腸は内科…といった一つ一つの症状にあわせて対処するのみで心療内科や精神科のことはまったく頭に浮かびませんでした。計算能力の低下ももともと数字に弱いため「疲れてぼうっとしてるのかな」と思う程度でした。

何かがおかしいと真剣に感じ始めたのは、それまでつらい仕事に囲まれた中でも唯一の喜びであり、これだけは自分の誇りと思うほど大切にしていた仕事、授業での異変です。それまでだったらあり得なかったミスを連発するようになり、授業中にはなかっためまいもこの頃から起き始めました。もしかすると…という思いでインターネットで心療内科や精神科のクリニックを検索しはじめました。

そして、決定的なできごとがありました。
2009年4月のある金曜日、授業を終えたときに自分が今までの自分では無いと強く感じました。どんなにつらいときも教室で学生の前に立てば自然に笑顔になれたのに、その日は無理に笑うことしか出来ませんでした。ミスも繰り返していたのですが、そのことよりも笑えないことに違和感があり、授業で話している自分が別人のように感じられて、もう一人のわたしが「どうしたの?何しているの?」と歯ぎしりしているようでした。その日、自宅の最寄り駅に着いたとたん涙がこぼれて止まらなくなり、顔を伏せて嗚咽しながら自宅まで歩きました。ドアを開けてくれた家人に「わたし、だめになっちゃった。もう、だめだ。もう、授業も出来ない。だめだ」と号泣して訴えたのを覚えています。続けて「心療内科か精神科に行く」とも。

病院選びは遠いところは電車に乗るのがつらいため、なるべく近いところで仕事帰りに通えるところを探しました。選んだクリニックになんとか電話をかけると初診の受付は予約が埋まっているとのことで1週間後の土曜日の午前まで待つことに。その1週間が最もつらかったです。

クリニックでは最初にカウンセラーのインタビューがありました。何十人を前にして話をしても震えたことの無かった自分が震えながらタオルを握りしめて細い声で話しているのが信じられませんでした。
その後、カウンセラーからインタビューの内容の報告を受けた医師の診察です。インターネットなどでも検索すると出てくるうつのチェック項目表のシートのようなものを見せられながら「当てはまりますか?」と聞かれ、そこで「うつ病ですね」と遂に名前がつけられました。そうなるだろうと頭の隅でわかっては居たので動揺はしませんでしたが、何か引導を渡されたような気持ちになりました。医師からは続けてセロトニンについての説明、これから飲む薬についての説明、生活の注意点の説明がありました。

実はこのときに担当医に全幅の信頼を寄せていない自分に気がついていたのですが、ほかの病院を探して電話して予約を取って、また一から全部話す余力はまったく残っていませんでした。

ちなみにうつ病というと自殺願望のことが取り上げられますが、わたしの場合、それはありませんでした。これはひとえに夫のおかげだと思っています。
夫はうつ病患者の家族としては満点だと思います。常に「だいじょうぶ」「ゆっくりでいいから」という言葉と態度で見守ってくれていました。わたしがうつ病だということでこれだけ心配してくれている夫を遺して逝くことがあれば、それがどれだけむごいことかわかっていたから「死にたい」とは思えませんでした。一人だったらどうなっていたかわかりません。
わたしがよくなることで喜んでくれる人が居るというのは本当に大きな心の支えでした。

2.「うつ病」治療開始から長期休職まで

週に1回の通院。投薬治療のみでSSRIと導眠剤が処方されました。副作用の出方を見ながら徐々に量を増やしていきます。
薬の効果か、すぐに睡眠はとれるようになりましたが、気鬱の状態に変化はありませんでした。外的なストレス要因が増える一方だったからかもしれません。

ゴールデンウィーク明けは具合が悪くなって心療内科の門を叩く人が多いそうです。いったん持ち直しかけたわたしも、ここでいっきに気鬱が進みました。明日から仕事という連休最終日には居間のソファからまったく起き上がることが出来ませんでした。

その数日後には外的ストレスによる動揺で薬を飲み忘れ、生まれて初めての完全な不眠(朝まで眠れない)があり、このまま仕事をしていたら、いくら薬を飲んでも意味が無いのではないかと家人に相談し、上司に5月いっぱいの休職を願い出ました。上司から仕事上の区切りも良い6月末までゆっくり休んではという提案があり、そうすることにしました。
休職できたのは良かったのですが、次には復職予定日が新しいストレス要因になりました。結局は休暇や規定に沿った休職期間を消化して翌年1月に退職することに。

時期

症状/心身の状態

2009年

GW明け

・“サザエさん症候群”
GW最終日にソファの上から一歩も動けなくなる
・不眠で徹夜(導眠剤飲み忘れ)
生まれて初めて一睡も出来ないという経験をする
朝になって頭の中が痺れているような感覚

5月中旬

<休職>

休職明けの期日が新たなストレス要因に

・気鬱
職場のHPを見ただけで動悸がしたり息苦しくなる状態
・集中力の低下
・読解力の低下
各手続きの説明文の内容読解に非常に時間がかかる。健常時の3倍ぐらいか,それ以上。1回読んでわかるはずのことが2、3回読み返してなんとかわかる。
・計算能力の低下
・対人恐怖
家人と一緒でないと電車に乗れない
友人とはなんとかメールは出来ても電話は無理。
電話には一切出られない状態。
・音に対する不快感
いわゆるヒーリングミュージックしか受け付けられない

各症状は、少しずつ楽になってきてはいるものの、大きな変化は感じられず。復職予定日が近づくとまた症状が悪化。

5月下旬

ウォーキングを始めた頃から徐々に音楽が聴けるように。入浴時にリラックスできる音楽を自分で選んで流す。その後、ウォーキング時にも聴けるように。

休職期間を延ばしたことで、かなり気分がおちつく

ジムに通い始めるが、黙ってレッスンを受けて黙って帰ってくるだけ。

食欲もかなり戻ってくる。偏頭痛、めまい、肩こり、胃腸不良などはほぼ無くなる

3.退職以後から若石プロコースまで

2010年1月、もっとも大きなストレス要因だった「仕事」とすっぱりと縁が切れたことで、それまで1枚ずつ剥がれていっていた薄皮が2,3枚ずつ剥がれるような感覚でそれぞれの症状が軽くなっていきました。
些細なことで起き上がれなくなることがあったり、人混みや人と会うことに対する不安感はまだまだ残っていましたが、最大のストレス要因が消えたことで回復度合いが高まったのだと感じています。

時期

症状/心身の状態

2010年1月

退職

以前の休職時に比べると事務手続きなども大きな問題なく進められるようになっていた。

日記をつけ始める。

Twitter、本格的に始める

3月

好きな映画の特集上映を見るために一人で渋谷の映画館に数回通う。

一番混み合う時間は避けてのことだが、電車や多少の人混みでは不安や不快感はほとんど感じなかった。

映画館で親切にしてくれた人に上映後、自分から声をかけてお礼が言えた。

友人のダンスの発表会に夫と行く。休職以来、約1年ぶりに以前の職場の友人数名に会うがあいさつで精一杯

断捨離、始める

月に1回、近所のランチコンサートに一人で通い始める

4月

2日間、世話していた猫が姿を見せない

・気鬱
ただひたすら泣き続け、何をする気も起きずソファに突っ伏す。
・動悸

後藤由里先生のミニ講座初日
これで若石リフレクソロジーと出会う 『不安もあったけど、行ってよかった。たまには外の人と接するのはいいなと思った』日記より

講座2回目『やはり気持ちいい。もう少しやってみたいなぁ。新しいことをしてみたいと思う自体、いいことなんじゃないかと思う』

家人がタクシーを呼び、予約外でクリニックで診察を受ける。薬増量。通院頻度が週1回に戻る

自分と家人の足もみを始める

5月

初級プロ講座初日『おぼえることがいっぱい。でもすぐに役立つことなのでたのしい』

6月

講座2回目『15分の遅刻。大反省。でも受け入れてくれるムードがやさしくて有り難い』

父、入院
・気鬱

講座3回目『やればやるほど楽しいんだけれど、いつもの100%とりたいわたしが動き始めたので要注意』

父、危篤、翌日逝去→葬儀
・気鬱、倦怠感
・めまい
椅子に座っていられない
・動悸
・吐き気
・食欲不振
・対人恐怖
葬儀で家族以外に会うのが不安。夫や弟たちがうまく守ってくれる。
・頭痛
・朝起きられない
・下痢

初級プロ講座を2週にわたりお休み
初級プロ講座補講『微妙なところが難しいけれど、そこが楽しい』

講座6回目

父の入院で動揺し、クリニックで薬増量

講座7回目『プロコース、ちょっと様子見かなぁ』

初級プロ講座修了
『肩の荷が下りた!あとの会食も楽しかったし、大丈夫だった。すごい達成感。この達成感が効く感じ』

※休職以前から人と食事をすることを避けていたが、この日何年ぶりかで家族以外との会食。

父、四十九日法要

このころから少しずつ友人に会い始める

休職以降、職場に置きっぱなしだった私物などを自宅に送ってもらい処分を始めるが、気持ちは安定

8月

足もみの練習と言うことで友人を自宅に招く

きもの検定に申込むなどほかにも新しいことに取り組む意欲が生まれてくる。

本格的な断捨離

9月

認定プロ通学コーススタート

足もみの練習と称して少しずつ友人たちとの交際を再開

11月には自宅でミニ講座を開く

自分にとって回復の助けになったと思われる活動について

医師のすすめではなく「このままではもっとダメになる」という不安感に背中を押されて始めたものや、回復の段階で本能的に必要と感じて選択したものです。医師からは規則正しい生活、特に昼寝をしないことを強く言われていました。

1.ウォーキング
<きっかけ>
休職し、最悪の状態から少し上向いたものの、1日の大半をソファの上で過ごしていた頃に「このままじゃ体もダメになる」とこわくなり、近くの川沿いを歩くぐらいならなんとかなるんじゃないかと思って始めた。
<よかったこと>
ウォーキングがうつ病の治療に効果があることはよく知られているが、当時はその知識は無かった。ただ、季節的にも新緑の頃だったので歩けば気分もよく、外へ出ることが嫌でなくなった。
<思うこと>
わたしの場合、近所に知人が居なかったことで気楽に歩けたが、対人不安がある状態で近所に知り合いがたくさんいる環境だったら難しかったかもしれない。

2.ピラティス
<きっかけ>
近所のジムを退会し損ねていた。以前からピラティスに興味があった。
<よかったこと>
自分の体と向き合う経験が出来たこと。インストラクターが「自分に出来る範囲で良い。無理はしない」と声をかけてくれるのが、とても心地よかった。体幹を鍛えることでそれまでソファで丸くなるばかりだった体に活が入れられた感覚。

3.Twitter
<きっかけ>
暇だった。何もしないとますます気鬱になりそうだった。
<よかったこと>
つぶやきを続けるうちに、毎朝「おはよう」という挨拶を交わす相手が複数でき、それが嬉しかった。仕事を辞めて社会との交わりが無くなっていたが、少しずつそういった“他人”との接触を求めるようになっていたのかと思う。挨拶を交わすうちに朝のエンジンがかかって明るい気持ちになれるようになった。

4.断捨離
<きっかけ>
仕事の資料などかなりのものを溜め込んでいたが、退職して自分で使うあてが無くなった。オフィシャルな服装も必要なくなって着ない洋服が山になっていた。
<よかったこと>
カビの根のように心にはびこっていたストレス要因を気持ちの上から切り捨てるのに効果的だった。わだかまっていたものが消えて気分が楽に明るくなった。それとともに自分自身が本当に望んでいるものが自分に見えてくることにもなった。

5.若石リフレクソロジー
<きっかけ>
もともと英国式のサロンの常連で興味があった。からだはかなり動かせるようになっていたので、新しいことを学ぶことで頭の方も動かしたい時期になっていたのかもしれない。
<よかったこと>
新しいことを学び、覚えることが集中力のいいリハビリになった。とにかく問題だらけだった足(=心身)が改善されていくのが自分でわかった。また足もみを通じて新しい人との関係や旧友との関係が結び直せるようになった。

4.足の変化

若石と出会う以前は自分の足をまともに見ることもなかったのではっきりとした変化を記録しているわけではありませんが、昔はトラブルの多い足だったおかげで覚えていることも多く、それを記します。客観性に乏しい点はご容赦ください。

部位

若石以前

若石以後

かかと

常にガチガチ。毎年冬になると深いひびが入る。

多少角質はあるが、冬場のひびは無くなった。

薬指と小指

爪が外側を向き、指の腹の中央に刃のような角質がある。やすりでも削れないので爪切りで切るのが習慣だった。

薬指はほぼ爪が天を向く。左足の指の角質はほぼ消え、右の小指にわずかに残る。

指の腹

ぷっくり膨れていた。

人差し指、中指は膨らみが無くなってきて手の指に近い形に。

11番(僧帽筋)

分厚く盛り上がっていた。

厚みはかなり減ってなめらかに。

12番(甲状腺)

角質があり、何度もウオノメができた。

角質無し。

拇指

全体に虚証。

はりが戻ってきた。

25番(小腸)

常に張っていてだるい感覚があった。この部分の張りがつらくて寝付けないこともあった。青竹踏みをしても効き目が無い。

恒常的な張りやだるさは解消。

全体

角質の目立つ青紫の足

角質は部分的に残るものの、全体としてはピンク色に近い色合いの足

 

「自分の足日誌」(←若石リフレクソロジー初級プロ講座に通い始めて毎日つけるようになった足の記録)より

1ヶ月目(2010年5月~6月)
12番(甲状腺)、13番(副甲状腺)がひびく。→2週間程度で楽になる
父の入院前後から25番に張りを感じるように。同時期にリンパ系の反射区にも違和感を感じるように。
父の葬儀後、1週間ほど足が揉めなかったところ、3番(小脳・脳幹)5番(三叉神経)が非常にひびくように。
2ヶ月目(2010年7月)
34番(脾臓)にゴリゴリとした感触を感じるようになる。
中旬頃から指の角質が柔らかくなったと感じる。
疲れると25番(小腸)が張る。
3ヶ月目(2010年8月)
偏頭痛が少し出る。23番(輸尿管)にコリコリとした感じ。
腰痛。13番(副甲状腺)に直径5㎜ほどの赤み。
疲れを感じると25番(小腸)と18番(肝臓)に張りを感じる。
4ヶ月目(2010年9月)
34番(脾臓)がまたゴリゴリとし始めるが下旬に入る頃には楽になる。
薬指、小指の腹、押すと響くようになり角質が柔らかくなったと感じるように。

こうして振り返ると大きく変わったと自覚できる反射区として25番(小腸)・12番(甲状腺)・13番(副甲状腺)・3番(小脳脳幹)・5番(三叉神経)が挙げられます。
12番・13番は比較的早く変化が感じられ、一度楽になるとその後はあまり大きく悪い方に変わることはありませんでした。
25番、3番、5番は心身に現れる症状に同調するように楽になったり響くようになったり、実証、虚証と細かく変化しながら、徐々に良い状態に変化していきました。

5.うつ病とリフレクソロジー -わたしの場合- 最後に

うつ病の改善に若石リフレクソロジーが役に立つか?という質問に対して、わたし自身のケースでは「役に立った」と答えます。
ただ、それが反射原理によるものなのか循環原理によるものなのかまたは陰陽平衡原理によるものなのかというと、そのどれでもあってどれでもないと感じています。
まず、若石リフレクソロジーを学ぼうと思い行動できるようになったのは、投薬治療、ストレス要因の排除による効果です。若石リフレクソロジーのセルフケアを始めてからも投薬治療は続けていました。ですから回復の直接的な理由について明瞭に述べることは出来ません。

<心のよりどころ>

それでも若石リフレクソロジーが「役に立った」と敢えて述べるのは「自分の体が変わっている」「自分は回復してきている」ということが足を通して実感できたことが大きな励ましとなったからです。
うつ病というのは今の段階(2011年秋現在)では検査をして数値や画像で判断できる病気ではありません。回復したと思っていても、新たなストレス要因のせいで再発することも多く、また何がストレスとして作用するかもわかりづらく、患者自身にもとらえどころの無い病気です。

果たして自分は快方に向かっているのか?出口が見えるのはいつのことなのか?うつ病の治療が始まってもこの不安は消えません。というよりもうつ病という病名がつけられ、治療が始まったときから生まれる不安かもしれません。
わたしはそういった不安の中で若石リフレクソロジーに出会い、自分で自分の足を揉み始めました。
とにかく凝り固まった足でしたから下手でも何でも揉むことで気持ちがいいのです。気持ちが良いと言うことは継続の動機になります。足もみを継続して、自分の足日記をつけることで「そういえばここにあったゴリゴリが消えている」足の健康状態が良くなっていることに、あるとき気づきます。自分の脳のことはわかりませんが、自分の足が健康になっていっていることは自分の手で触って、目で見てわかるのです。これが大きな励みになりました。
何かストレス要因が加わって具合が悪くなったときにも足に出ることがわかってきました。逆に考えれば「足が良くなれば具合も良くなる」ということだと思い、これもまた足もみを続ける動機になりました。
ずっと手探りで暗闇の中をどちらに向かっているのかわからずに歩いていた身にとって「足」が一つの道しるべ、心のよりどころになりました。
今振り返ると「とにかく足を揉んでいれば出口の方に進める」と思えたことが、わたしのうつ病の改善に最も役立ったと言える気がします。

<人との繋がりの再生>

うつ病の症状が快方に向かっても、なかなか脱せずにいたのが対人恐怖です。
新しい方とのおつきあいはなんとかできるようになっていったのですが、昔からの自分を知る人に会うことについて大きな抵抗がありました。
そんな時に親しい友人たちと再び繋がりを持てるきっかけになったのが「足もみの練習台になってもらう」ことでした。
まず会う場所が自分が一番安心できる自宅であること。足を揉むことが目的なので、何をどのように話そうかということで悩まずに済むこと。これが人と会うことについてのハードルを下げてくれました。
更にわたしが足を揉むことで友人から「ありがとう」と言ってもらえたことは、自分が何かに役立てるようになったという自信につながりました。
数人の足を揉んだ後には人と会うことが怖くなくなりました。

<最後に>

通院もし投薬も受けていたのでわたしがうつ病から回復できたのが足もみだけのおかげとは思っていません
それでも「足もみ、若石リフレクソロジーと出会ってよかった」というのは本心からの本音です。
今回、なぜわたしがそのように思うのかを知っていただきたいこともあってこの文章をwebに載せることにしました。

どんな病気でもその患者さんすべてにパーフェクトに有効な治療方法というのは無いのではないかと近頃は思うようになりました。
その病気、不調の一つ一つの背景にはその人の持つ背景があるはずです。
足を揉んでいると不思議なことに「自分」が見えてきます
自分の体の弱いところ、強いところ。
こんなトラブルには強いけれどあんなトラブルにはすぐ負けちゃう…。
そういう自分を知っているというのは健康に日々を過ごすために絶対に役立つはずです。

そんなことを自分の闘病生活と足もみを通じて強く感じました。

そうはいっても病気の渦中にいるときは意欲がわかずに新しいこと(足もみ)をトライしようと言う気持ちになれないのもわかります。

そういう方がそばにいたら、是非その方の足を揉んであげてください。
その方の代わりに足の変化を感じて、それを伝えてあげてください。
健康的なピンク色でやわらかな足に近づいていることを一緒に喜んでください。

うつ病だけではなく、すべての病気に悩んでいる方にこのことをお伝えしたいというのがわたしの願いであり、目標です。

長い拙文におつきあいくださりありがとうございました。

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