いわきのこと

福島がどこにあっていわき市がどこにあるのか、今は多くの人がご存じだと思います。

でも、1ヶ月前には?

大阪生まれの東京育ちのわたしには東北地方はとても縁の薄い土地でしたが、オット氏と一緒になってぐっと身近になりました。彼の亡父母がいわき市出身だったからです。

いわき市の中心の平(たいら)というところに古い家があります。義父の生まれ育った家です。昔ながらの平屋で、まっすぐの廊下に沿って亡父母の居室、床の間のある座敷、茶の間、仏間があり、南側の広い縁側で一つに繋がっています。茶の間のテレビは四つ足のついた古い年代物。テレビの上にはおそらく夫の祖母が飾っていたのだろう、写真立てや旅行の土産物が。少し前までは茶の間には黒電話もありました。壁に掛かった掛け時計は止まったままです。

季節ごとに二人で訪れて窓を開け、風を通し、たまった埃を払うなどしてきました。夜は懐かしい感のある綿の布団と小さい枕で眠りました。

ここ数年はわたしの体調が理由で夫一人で日帰りで行くようになっていましたが、色々な部屋のありようが目を閉じれば浮かんできます。

震災以後、昨日はじめて夫が日帰りで家の様子やご近所の様子を見てきました。

幸い、建物そのものは無事でしたが、外塀が倒れ、家の中のものは散乱し、閉めてあった雨戸が地震の揺れのせいで開いていたそうです。一部屋は揺れの勢いで何かがスイッチに当たったらしく、人もいないのに煌々と電気がついていたとも。

地震の日に家の様子を電話で知らせてくださったご近所の酒屋さんを訪ねると、娘さん夫婦は遠くに避難させてご夫婦とおばあさんだけで残っていらっしゃるとのことでした。こちらから持って行った物資をお渡ししたら「どうもありがとうございます。これどうぞ」と笑顔でお店にあった缶コーヒーをお返しにくださったそうです。

水道は2,3日前にやっと通ったものの、物流が動いていないし、人も遠くに避難してしまい、商売にはならないそうです。

夫の撮ってきた写真を見ても市内の建物の被害はそれほどでもないのに、人影がなく、酒屋さんのご主人の「人がいなくなってきてさびしい」ということばがしみました。

今回の大震災は今まで無かったほど広い範囲に被害が及びました。日本全体にも大きな影響が出ています。復興への道が長く険しいだろうということはわたしにもわかります。範囲の広さ、被害の甚大さ、復興にかかる長い時間…考えると気が遠くなってしまいます。自分には何も出来ないという無力感すら感じてしまいそうになります。

そこで、規模の大きさを今は考えず、わたしに出来ること、見えることということで、いわき市の復興に焦点を当ててお手伝いをしようと思っています。支援物資を集めているところに紙おむつ抱えて持って行くとか、本当に小さいことですが、ずっと続けていくつもりです。


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